前向きに Jazz!

日々進化し続けるJazzとともに歩んできた終わりのない旅

Sort bysax (第2期)

Category: sax (第2期)  

武田和命(Kazunori Takeda) / Gentle November

 GentleNovem2.jpg

武田和命 (ts)
山下洋輔 (p)
国仲勝男 (b)
森山威男 (ds)

Recorded Sept. 20, 21, ‘79 at Sakado-Bunka-Kaikan, Saitama
SC-7104 (OMAGATOKI)

1. Soul Trane
2. Theme for Ernie
3. Aisha
4. It’s Easy to Remember
5. Once I Talked
6. Our Days
7. Little Dream
8. Gentle November

1989年、49才の若さでこの世を去ったテナー奏者、武田和命(B1939)のBallad集。
録音は、埼玉県坂戸市の文化会館となっているが、ライブではなく、スタジオとしてそこを使ったようだ。
武田和命というと、10年程、シーンから姿を消していた時期もあり、幻のテナーマンなどと呼ばれていたのは、よく知られた話だが、彼のイメージとしては、
この復帰後の山下洋輔グループでのフリーキーに吠える印象が強く残っているのは、多くの人が持つところかもしれない。

本作は、そういったある意味、現在の自分を越えて新しいものを産み出そうというクリエイトすることの産みの苦しみを伴う緊張感から離れ、現在(当時)の
武田和命の素が素直に現れたという点で、いろいろのシバリから解き放たれたかのような、その純な音にただただ心打たれるのである。その一音一音噛み
締めるように歌うことに徹した武田のテナーから繰り出されるラインは、清らかな流れのごとく澄み切っており、心の奥底まで直に染み込んでくるのである。
おそらく彼自身も感じていたに違いない、生涯でも数少ない、メンタルの境地にあることを。
その辺りを、敏感に感じていたであろう、山下のピアノが好サポートをみせている。というよりむしろこのgentleなピアノは、武田のテナーにより引き出され
たといった感じもあり、素で歌うピアノは、邪心の無いテナーにそっと寄り添い、ひたすら支え、絶妙な絡みを見せている。
普段の慣れたスタイルではないというあたりが関係しているかはわからないが、山下のピアノは、運指にややスムーズさを欠くといったあたりも微妙に感じ
るところはあるのだが、あるいは、あえてのタッチなのか.................そんな小さなことはどうでもよいと思えるほどに、それを吹き飛ばすほどの武田を支え
るという気の充実が見られるあたり、本作の好結果を生んだ要因でもあるだろう。

後半4曲が、武田のオリジナルとなっているが、M5 “Once I Talked” など、何か感じるものもある美曲で、私的お気に入りとなっている。

以前、心惹かれた Tenor Ballad に耳を傾けることも度々というこの頃で、20年ぶりぐらいで聴いた本作、ストイックに自身の心の音と向き合う武田和命
のテナーに心打たれる、我が国のTenor Ballad史に残るほどの名作であるには違いない。が、やはり、John Coltraneという偉大な先人の存在があった
ればこその本作であることも違いない、そこはしっかりおさえておきたい。

JAZZ-sax 87
武田和命 
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Category: sax (第2期)  

For Cynthia (from “Shakill's II”) / David Murray

             

             David Murray (ts)
             Don Pullen (Hammond B3 Organ)
             Bill White (g)
             J. T. Lewis (ds)

             Recorded October 5-6, 1993 in New York Columbia
             DIW 884 (1994)

本作は、昔、ロック → ブルースを経てJazzに流れ込んできた当時、それまで馴染みのあった guitar やら organ を集中的に漁った結果、他楽器へと
関心が向き始めたのも手伝って、当時のorgan の主流でもあった黒くコッテリした世界から距離をおきたくなり、その結果、長い間 organ とは、無縁の
時が続くことになったのだが、そんな頃、出会った盤。
本作の前作「Shakill’s Warrior」中の1曲「In The Spirit」とともに本作中の1曲「For Cynthia」での Don Pullen の organ が、離れていたorgan に
再び目を向けるきっかけとなった。

時にディープ、スピリチュアルといった顔もある Murray だが、あくまで軽いノリの Medium Ballad とでも言いたくなるようなキャッチーで哀感ある
曲調の流れの中、サラッとした Pullen のハモンドの、第一期と言える時代にイヤと言う程、接してきた黒いオルガンの世界とは違うそのテイストに
新たなオルガンの世界に入るきっかけとなったもの。
後半の Murray の泣き節もディープになることなく、あくまでライトにそして奔放に歌うテナーが、本曲を一段レベルアップさせた感もある。

本作記事UP当時は、YouTubeにこんな曲がリストされてるはずもなかったのだが、最近はかなりマイナーなものまであるのには、おどろいた。
あらためて動画をUPしておきます。

JAZZ-sax 86
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David Murray / Lovers

MurrayLovers.jpg  David Murray (ts)
  Dave Burrell (p)
  Fred Hopkins (b)
  Ralph Peterson Jr. (ds)

  Recorded in January, 1988
  DIW-814

  1. Teardrops for Jimmy (Dedicated to Jimmy Garrison)
  2. Lovers
  3. In a Sentimental Mood
  4. Ming
  5. Water Colors
                        6. Nalungo (For Nalungo Mwanga)

Tenor Sax 全般とはまた別に、Tenor Sax による Ballad には、なぜか特に心惹かれるものもあり、よく聴いていた時期があったのだが、今年に入り、
その辺のやつを、ちょっと引っぱり出しては聴いていたら、歯止めが利かなくなっちまい、以後時々お世話になっている。
ここ何年かは、どちらかというと無機質、冷徹..........と厳しいテイストのものを好んで聴いていた傾向が続いており、まあ、それも別に嫌いになった
わけでもなく、そういったテイストのものとは真逆のものも多いという Tenor Sax Ballads は、しばらく離れていたこともあり、新鮮かつ心地良く聴け
たといったことで、定期的に聴くということが、しばらく続いている。
今、自分の感性が、それを心地良く感じ、求め、楽しめているわけだから、それを拒む理由は何もない。普段とは、方向性の違ったものに接するのも、
感性のバランスを保つためにも、良いことだろう。

ということで、本日の一枚は、久しぶりの David Murray(B1955)の Ballad集 “Lovers”。

David Murray というと幅広いスタイルに対応できる柔軟性とそれを支える技術面でもハイレベルのものを備えたサックス奏者と私的には受けと止め
てはいるのだが、我が国では、その高い能力に見合った評価は受けていないとの印象も持っている。
それは、何でもできてしまうという彼の器用さ、万能性みたいなものが、もしかしたら掴みどころの無いといった印象、あるいはファンを分散させて
しまうといったことにもつながっているのかもしれないが、技巧面に優れ、何でもできるということそれ自体は優れた能力でもあり、私的には、
高評価のサックス奏者の一人でもある。
そんな多様、多面性も感じさせる Murray だが、表面上の形はいろいろ見せつつも、その根っこのところに常に感じるのは、彼のルーツでもある黒人
としての「血」の部分。伝統のスタイルから新しいスタイルまでカバーするワイドレンジの そういったスタイルは、別として「血」あるいはそこから
生まれた彼らの音楽の「伝統」といったものが一貫して感じられ、そのあたりは Archie Shepp にも通じるところとも感じている。

本作は、同時期に同じ当時のメンバーで録音された、「Lovers」 「Deep River」 「Tenors」 「Spirituals」 「Ballads」 といった言わば5部作中の
一枚で、Ballad を中心に選曲されたもの。
本作の Ballad にも、白人系テナー奏者には出し得ない、明らかに黒人としての血の部分を色濃く感じさせるものが底辺に絶えず流れており、そういった
強い個性の部分は、一方ではアクの強さといった負の要素として受け取られる場合もあり、広い層に受け入れられない要因ともなっているのかもしれない。
こうして、あらためて Murray をチェックしてみると、感性の質は違えど Shepp と共通するところが結構あることに気づく。また根っこのところにある
「血」の部分とともに Albert Ayler などの顔も浮かんでくるのだが、この辺もいずれ他作などでチェックしてみたい。
Ballad でありながらも、決してリラックスや癒しと言ったものではなく、エモーショナルではあるが、それに流されない醒めた目を持つその厳しい Ballad
表現の中にイージーに走ることのないMurray の音づくりの姿勢とともにその美学が見て取れる気がする。

             
             

JAZZ-sax 85
David Murray

Category: sax (第2期)  

Jon Irabagon John Hegre & Nils Are Drønen / Axis



  Jon Irabagon (sax)
  Jon Hegre (g)
  Nils Are Drønen (ds)

  Recorded at N.K. Berlin 11th June 2013 and at New Combo Fukuoka 14th January 2015
  RAC2190 (Rune Grammofon) 2017

  1. Berlin
  2. Fukuoka


2008年モンク・コンペのウィナーでもあるフィリピン系米国人 Jon Irabagon(B1978) の新作。といっても録音は、2013年のベルリンそして2015年
の福岡でのライブという内容になっている。
Irabagonを初めて知ったのは、彼の初期作 “Forty Fort” なるアルバムのジャケットだったのだが、これが自分のJazz歴では、初期の頃の大のお気に
入り盤だった“Roy Haynes / Out of The Afternoon” のジャケットを模したものだったこともあり強い印象として残る結果となり、他にも調べて
みたら御大 Rollins の “Way Out West” のジャケットをビキニのおネエちゃんを入れて、おふざけでつくったようなものなどもあり、Irabagon の
初期印象として、自分の中では、すっかり際物的イメージがつくられてしまったのは、まずい出会いだったとも言える。

ストレートアヘッドからフリー、そしてその中間的なエリアなど幅広いところでの活動もしてきた Irabagon だが、それは元来持っている多様・多面性
の結果なのか、あるいは自身進むべき方向模索の結果なのか、自分でも彼の全てを聴いてきたわけでもなく、掴めないところだが、漠然と陰と陽の顔を
持ったミュージシャンとの印象も持っている。
そんな Irabagon だが、本作は、フリーインプロビゼーションというスタイルをとりながら、陰の面が色濃くあらわれた一作。
本作と似た編成では、いずれもギターの Jostein Gulbrandsen 絡みで、ベース入りクァルテット編成の参加作、コンポラテイストのものは聴いているのだ
が、ベースレス、ギター入りトリオという編成では、初めてのリリースになるんじゃないだろうか?これも本作の、フリーな展開を求めた結果なのだろう。
ノイズ系ギターの使い手とも言われる Jon Hegre(B1967)は今回聴くのは初めて、そしてドラムスの Nils Are Drønen は、Hegre とはユニットを組む
など周知の仲らしい。
1曲18分前後といったものが2曲、Irabagon のサックスが起点となり、それに Hegre, Drønenが反応していくといったフリーな展開が多いのだが、
どちらかというとノイズ系ギターを苦手としている自分としては、フリーな作としてまずまずとする一方、3者のあり方を見直せば、もっと何かが生まれ
たかもといった印象もあり、トータルに見て、さらによくなる余地を残す作として、満足の内容というわけにはいかなかった。
ただ、Irabagon のプレイには、いずれ何かヤラかすんじゃないかといった得体の知れない大きなポテンシャルを感じることができたという点で、そこに
出会う機会を得たことは何よりの収穫だった。

全くの自分勝手な見方だが、これは彼にとって、言わば開発・試作の場といった位置づけのもの、ここで得た成果を彼が求める方向性での表現に生かし
たいと考えるのが自然。これほどの才能、これとは別に多くの人にインパクトを与えられる形でその表現の場をぜひ設けてもらいたいという思いである。
Jon Hegre のギターは、ここではノイジーというより空間系を感じさせるプレイが目につくが、Drønen のドラムスとともに、あくまで起点となっている
のは Irabagon であり、それに反応していくといったプレイからもう一歩踏み出して、対等に関わっていく形がとれれば、その刺激により Irabagonから、
さらなるものも引き出せたかもといった思いもある。私的好みで言わせてもらえば、どフリーではなく。ある程度の秩序を持たせた中での自由度という
ことで、メインストリームとフリーの中間エリアでのシゴトにいいイメージができ、Irabagon の感性は、そのあたりにフィットするとも思えるのだが......、
共演者を含めた活動フィールドによっては、爆発の予感もさせる才能だ。


Jon Irabagon Organ Trio
Jon Irabagon(sax) Pat Bianchi(org) Rudy Rotston(ds)

Irabagonが、オルガンにPat Bianchiを迎えたトリオだが、
以前は、追った時期もあったBianchi は、近年の自身作、参加作では、コンテンポラリー系オルガニストとして、すっかり輝きを失ってしまった感もあった
のだが、Jon Irabagon そして Rudy Royston という感性(触媒)の効果か、全く質の違うオルガンを見せていいる。
当ブログでも Bianchi には、自身をステップアップさせるためにも、自身の先を行く感性との共演を積極的に求めていってほしいと度々書いてきたのだが、
コンポラ系オルガニストとして、新しい道を切り開いていく気があるならば、険しい道を選択していく覚悟が必要だ

            

            

JAZZ-sax 84
Jon Irabagon

Category: sax (第2期)  

Maybe September (from ”Day Dream”) / Harry Allen

  Harry Allen (ts)
  Tommy Flanagan (p)
  Peter Washington (b)
  Lewis Nash (ds)

  Recorded September 14 & 17, 1998
  BVCJ31004 (NOVUS J) 1998

  01. A Sleepin’ Bee
  02. Maybe September
  03. I’m Checking Out, Goodbye
  04. A Child is Born
                      05. Shibuya After Dark
                      06. The Midnight Sun Will Never Sets
                      07. Three and One
                      08. Day Dream
                      09. Low Life
                      10. They Say It’s Spring
                      11. The Christmas Song

普段の記事内容から、あまりイメージできないかもしれない、この Harry Allen だが、元々雑食性で節操がないという自分であり、あるジャンルにこだわ
って、出会いの可能性を狭めたくはないという気持ちでいる。Jazzファンであるよりも音楽ファンでありたいというのがスタンスである。
Jazzにおける“Tenor Ballads” は、材料となる曲を、奏者がTenor一本で、いかに料理するかというシンプルな世界。あまり新旧のスタイルにこだわると、
おいしい部分を逃してしまうといったこともあり、奏者の音楽的方向性も広くカバーしている。

また、Ballad集は別として、通常のアルバムでも、なかなか納得のBalladに出会えることが多いわけでもなく、それでも出会えればいい方で、せいぜいあっ
ても1〜2曲というところだろう。本作も、ほとんど Ballad “Maybe September”の1曲聴きアルバムになっていた。それでも満足のアルバムである。
アルバムトータルを平均点で計るような見方、評価はしない。私的には、最高到達点こそが問題であり、そこでアルバムの評価、つき合っていいけるアルバ
ムかが決まる。たとえ、1曲でも高いレベルで評価でき、好きと感じられるものがあれば、それが評価であり、常に平均点でプレイする奏者より、バラつき
はあっても、時に平均を遥かに越えられる奏者に魅力を感じるし、やはりそこが能力であり評価の基準として考えたい。道楽でつき合っているので、それで
よいと思っている。

良い Ballad の条件として、曲自体に魅力が無いと、なかなか魅力の Ballad にはならない。曲と奏者の感性、技量などの条件が高いレベルでかみ合って
こそ魅力の Ballad が生まれる。本曲は Percy Faith の作曲によるもので、その辺にも恵まれ Harry Allen のデリカシーに富んだ歌心が加わり魅力の
Tenor Ballad としている。
ビターテイストもいいが、Balladだし、甘さに徹した繊細な表現にも納得。正解などない世界、これもありだ。
(動画は、本アルバムのものとは、別です。)

            

JAZZ-sax 83
Harry Allen

Category: sax (第2期)  

Blue Train (from “True Blue”) / Archie Shepp

            
            Archie Shepp (ts, as, vo)
            John Hicks (p)
            George Mruz (b)
            Billy Drummond (ds)

            Recorded at Clinton Studio “A” in N.Y. on September 13, 1988.

            初っ端から、コジャレたJazzなど、吹っ飛ばしてしまうような、情け無用のドスの効いたテナーが吠える!

本作記事は → こちらから
その他の Archie Shepp 関連記事は → こちらから


告)当ブログの記事をコピーし、自身サイトの記事として使っている方へ

Archie Shepp の当プログ 2010年11月13日付の記事 「Live in Tokyo / Archie Shepp」 について、記事内容をそのままコピーして、自身の記事
として使用しているサイトがあるが、実に情けなくも恥ずべき行為である。そして、それが同じSheppのファンであるらしいことに、何とも寂しい
気持ちにもなるのである。Shepp が好きなら、彼の音楽から、自分自身が感じた思いをなぜ書かないのかと.................。
それにより、逆に当方がコピーしたかのような疑いの目で見られたと思われるようなこと、また将来に渡り、そういったあらぬ疑いもかけられる余地
を残すということで、この状況を断じて容認するわけには、いかない。
自身の感性が受けとめた感覚を素直に表現すること、そこに音楽ブログとしての存在する意義がある。そこを曖昧にしてしまうと、すべてが信頼性を
欠き、読者を裏切る結果になることは自明の理。
しばらく前から気がついては、いたのだが、こんな告知は、する方も気持ちのよいものではないし、できれば自身で非に気づき、あらためてくれれば
との思いも空しく、一向に変わる様子もないので、告知に踏み切ったしだい。
今一度、良心を信じ、該当ブログを公にすることは、今は、控えますが、コピーした該当記事の削除もしくは、間違いをあらため、自身のことばで
表現することを期待する。   当ブログ管理人 2017.2.16

JAZZ-sax 82
Category: sax (第2期)  

David Fettmann / Ruby Project

  David Fettmann (as)
  Guillaum Naud (org)
  Jonathan Blake (ds)

  Recorded in September 2014 by Nicolas Charlier at Studio des Egreffins(Videlles)
  DMCHR71150 (DoubleMoon) 2015

  1. Pop 1
  2. Lecha Dodi
  3. Before
  4. Maoz Tzur
  5. Pontoise
                      6. Abi Gezunt
                      7. Kabanos Time
                      8. Avinu Malkeinu
                      9. Phoenix           All compositions by David Fettmann, except 2, 4, 6, 8

リーダーでasの David Fettmann は、フランスのオルガニスト Matthieu Marthouret の”Upbeats” に1曲ゲスト参加しており、記事歴はあるのだが、
1曲のみ参加で、彼目当てでのゲットではなかったこともあり、ほとんど記憶には残っていない。
本作ゲットのきっかけとなったのは、未聴のオルガニスト Guillaum Naud が参加していたこと。
未聴で若手というのは、知らない新しい感性に出会うことを1つの目的としている自分にとっては、最も求めるパターンであり、ましてドラムスに
Jonathan Blake の参加、曲目などの状況から、おぼろげながら、おおよそ求める方向性の音楽も予想できるとなれば、尚更のことである。

一聴してみれば、旧時代を引きずった感もなく、求めていた今の空気感も溢れたコンテンポラリーサウンドになっており、まずは一安心。

Fettmann のasは、特別に先端寄りで先進感もある音というものはなく、あくまで今の時代の中庸を行くといった感性。したがって、その音楽も、小難しい
要素も一切なく、よく歌うアルトは、余計なことも考えずに気持よく聴いていられるといった印象の一枚に仕上がっている。
通常、こういった感じだと、もうちょっと捻ったところもなどと、多少の物足りなさも伴うものだが、不思議とその辺の感覚がないのも、センスと言ってしま
えば、そういうことなのだが、言葉では説明のできない部分だ。

情報不足ではっきりした経歴等は、わからないが、名前からフランス系と思われるオルガンの Guillaum Naud も、そのクォリティは高い。先進感という
点では、中庸を行くリーダーよりも、先をゆく部分もあり、ノーマル路線のリーダー Fettmann の作に、ほんのわずかではあるが、新しいテイストをプラス
してアルバム全体としてフレッシュな印象にしたとも思えるところは見逃せない。
これまで、現代Jazz Organシーンの中心となっていた Larry Goldings、 Sam Yahel、 Gary Versace............など主に米国系のコンテンポラリーオルガ
ニストが、そのオルガニストとしてのリーダー作リリース頻度が極端に落ちているという状況もある中、こういった今の感性を持った若手オルガニストに
出会える機会があったことは、その停滞感に不満を持ちつつ現代のJazz Organシーンをずっと見てきた自分としては、何にも代え難い収穫なのである。

本作は、難しい要素一切なし、オルガン参加のJazzとしては、今の時代のスタンダードなJazzとして、コジャレ感、粋にスイングする曲、哀感溢れた曲など
バラエティに富んだ楽しめる一枚となっており、3者のセンスも感じられるが、そんな活力ある音楽としているのも Jonathan Blake の貢献度大とも感じる。

M6 “Abi Gezunt” の Fettmann の哀感あるアルトのライン、鋭い切り込みも見せる Naud のオルガン、多彩なショットの Blake のドラムスなど、
コジャレたラテンタッチで、なかなか盛り上がる。

JAZZ-Sax 81
David Fettmann


Category: sax (第2期)  

Archie Shepp / I Didn't Know about You

  Archie Shepp (ts, as, vo)
  Horace Parlan(p)
  Wayne Dockery (b)
  George Brown (ds)

  Recorded November 6, 1990, Munchen, Germany
  CDSJP370 (Timeless) 1991

  1.Go Down Moses (Let My People Go)
  2.I Didn't Know about You
  3.Billie's Bossa
                      4.Hot House
                      5.The Good Life
                      6.Now's The Time
                      7.Ask Me Now
                      8.Party Time

ドス黒く深い哀感がうず巻く

時の流れとともに、それぞれの時代の新しい空気に触れ、また、それまで出会うことのなかった新種の感性との出会いなどを通し、自分の感性の変化、
そして好みの変化もあり、聴く音楽の方向性も徐々に変わってきてはいるのだが、そんな変化の流れの中にあっても、変わることなく、時々は聴かないと
どうにもおさまりがつかないという Archie Shepp。その音楽には、時代の流れに左右されない普遍性と根っこのところにはトラディショナルな響き、
そしてさらに突き詰めていった先には、消し去ることのできない濃厚な Blues の血も感じられる。
あのドギツくペイントしたシャレコウベのジャケットでも、おなじみのインパルス時代からのつき合いだから、もう長い。特に腐れ縁というわけでもないが、
何か心に響くものもあり、その特異な呪術的響きには、常習性もあるからなのだが、今回もなぜか無性に聴きたくなっちまった1曲があり、久しぶりの
蔵出しとなった。

"Go Down Moses (Let My People Go)"

ピアノでもなく、ギターでもなく、トランペット、いやアルトでもなく、なぜかテナーの Ballad に心惹かれていた時代に出会った Archie Shepp
の一曲は、スピリチュアル色も濃厚な "Go Down Moses"。
この曲、Balladという範疇に入れていいものなのか、迷うところだが、もしBalladの定義を「心に温もりの灯がともるような」とするならば、
それはもうりっぱなBalladだろう。

このアルバムに出会った頃というのは、楽器ごとに聴くものが集中してしまう悪癖があった時代で、しばらくSaxから遠ざかっていた時期、
Stan Getz のラストアルバム"People Time"(別頁あり)との出会いをきっかけに、再びSaxを聴くようになった頃だったと記憶している。
それ以前、第一期Sax期と言える時代にフリージャズに手を染めていた Shepp が好きだった自分には、久しぶりの再会となった。
この頃のSheppには、かつて破壊してきた伝統の再創造とも思えるような今のSheppに繋がっていく下地がすでに出来上がっていた。
そして特に魅せられた冒頭の1曲 "Go Down Moses" だが、むせかえるような体臭もほとばしる濃厚なShepp節が炸裂する。
特にイン・テンポになったあたりからの泣く子も黙るドスの利いた凄みすら感じるテナー。そしてその背後に渦を巻くように流れるドス黒く
深い哀感、これはもうSheppだからこその世界で、この味を出せるテナーは、他にはいない。自分がSheppのテナーに惹かれるのも、多分に
この部分が関わっているのは間違いないだろう。

             

その他の Archie Shepp 関連記事は → こちらから

JAZZ-sax 80
Archie Shepp

Category: sax (第2期)  

Gary Thomas / Exile’s Gate

ExileャsGate  1, 4, 7) Gary Thomas (ts) Charles Covington (org) Paul Bollenback(g) Jack Dejohnette(ds)
  2, 3, 5, 6) Gary Thomas(ts) Tim Murphy(org) Marvin Sewell(g) Ed Howard(ab)
        Terri Lyne Carrington(ds) Steve Moss(pec-6)

  Recorded at Power Station, NYC May 19 - 23, 1993
  JMT 314 514 009-2 (1993)

  1. Exile’s Gate
  2. Like Someone in Love
  3. Kulture Bandits
  4. Blues on the Corner
                     5. Night and Day
                     6. No Mercy Rule
                     7. Brilliant Madness         All compositions by Gary Thomas except 2, 4, 5

前世紀末ぐらいに何度か聴いて以来だから、長いことご無沙汰していたが、ちょっとしたきっかけもあり、久しぶりに聴いてみたので記事としておきます。
オルガンの2人をターゲットとしてのゲットだった。
Thomas のオリジナルが4曲、そして2種のユニットで、それぞれが3曲と4曲というつくりになっている。

オルガンを大胆に絡めたサウンドは、今聴いてもなかなか楽しめる。当時、大きく巾を利かせていたコテコテ系のオルガンではないのがミソだが、そのあたり
のチョイスは、Thomasのセンスでもあり、当時としては先進感もあるサウンドだった。
CDなどでは、ほとんど露出のないこの2人のオルガンで、特に近年の Covington(B1941) は、伝統も感じさせる極オーソドックスなオルガニストといった
イメージしか湧いてこないのだが、ここでの彼ら2人のオルガンから繰り出されるフレーズは、当時としては、オルガンという分野においては、なかなか新しい
感覚によるものであり、時代としては、現在のコンテンポラリー系オルガンの中心となっている Larry Goldings, Sam Yahel, Gary Versace...............と
いったオルガニストよりちょっと前の時期でもあり、同時期に同じように新しい感覚を持ったオルガニストとしては、Jeff Palmer やら Dan Wall など
Abercrombie絡みのオルガニストが思い出される。ただ Palmer や Wall にしても、その後大きな成果を残すことなく、シーンからフェイドアウトしていった
感もあるのだが、Larry Young が残したものを現在のコンテンボラリー系オルガンにつないだという点で、貴重な存在だったとも思える。
本作の2人は、この Palmer や Wall に比べるとその後のCDなどメジャーシーンへの露出は、極端に少なく、おそらくスタジオミュージシャン的な活動が
中心となっていたものと想像する。近年の伝統芸に染まったCovingtonも知ってはいたが、あらためて本作を聴き、当時としては、先進感もある感性を振り
まいていたオルガニストが、その後ほとんど露出が少なくなってしまうというのは、ただでさえ人材不足のオルガンという分野では、数少ない感性だけに、
非常に残念に思えてならない。当時のオルガンの状況を考えれば、周囲の固定されてしまっていたイメージもあり、求められるのは黒いものということで、
そこから外れた感性のオルガンには、需要が極端に少なかったという寂しい状況も関係しているのだろう。
他楽器と比べ圧倒的に絶対数が少なく人材不足も重なり、あまりにも Jimmy Smith の影響が長きに渡り続いてしまったことが、進化を送らせ、その他の
楽器、特殊分野といった位置づけとしてしまった一つの要因でもあるのだが、その流れを変えるのは、やはり革命家の出現、そこにつきるだろう。

当時のM-Baseムーブメントの立役者の一人 Thomas のアグレッシブなブロウは、スタンダードもなかなか過激に料理しており、アルバムとしても活気に
溢れた一枚に仕上げている。Dejohnette のアタックの強いドラミング、そしてファンク調ナンバーにおける Terri Lyne Carrington の粘るように糸をひく
ドラミングが印象的。

JAZZ-Sax 79
Gary Thomas

Category: sax (第2期)  

Tony Malaby Paloma Recio / Incantations

  Tony Malaby (ts, ss)
  Ben Monder (g)
  Elvind Opsvik (b)
  Nasheet Waits (ds)

  Recorded March 16th, 2015 at Systems Two by Joe Marciano and Max Ross.
  CF367CD (Clean Feed) 2016

  1. Glass
  2. Artifact
  3. Hive
  4. Procedure

Tony Malaby’s Paloma Recio による2009年作 “Paloma Recio” に続く2作目、メンバーも変更なし。

Opsvik の呪文のようなアルコと音数を抑えた Monder のギターで静かに入る冒頭曲、その徐々に空間が構築されていく流れにヤラれた。
その妖しさもある静寂の空間に、いつのまにかMalaby がスーッと透明感に溢れたソプラノを流し込んできて、空気感はラストに向かって徐々に冷から
微熱を帯びていく。そのゆるやかな変化の流れに美が漂うM1の冒頭曲。

4ビートで、ややハードボイルド感もあるテーマからオーソドックスに始まるM2、既成のスタイルを拒否したかのような Monder のソロがキレ、
場は、緊迫した空間と化し、めまぐるしいリズムの変化も見せる中、続くMalaby の怒濤のテナーでピークに、ラストに向かい Monder のギターが
彼方の空間に突き抜けてゆく。

循環奏法を使った(?) Malaby のソプラノから入るM3。
徐々にヒートしていく Malaby のソプラノ、しなやかに強い。Monder のギターが入り、その絡みでピークをむかえる。

イマジネイション溢れる Opsvik のベースから入る17分超のM4。
飛び道具と化した Monder のギターが飛び交い、剛柔織り交ぜてはウネりまくる Malabyのテナー、スリリングな瞬間を供給する Nasheet Waits
のドラミング、そしてビシッと決まるエンディング。ことば無用の音世界だ。

全4曲、それぞれ独立したものというより、何らかの関連も感じられる組曲仕立てといったものとも受け取れる。

耳を澄まさないと聴き取れないほどのデリカシーに富んだピアニシモから大胆なフォルテシモに至るまでフルに使ったレンジの広い表現が音楽を
ダイナミックにしており、そこでは、個々のソロは、確かに自由に溢れたものなのだが、そこに目を向けるよりも、一歩引いてグループのトータルな音楽と
して見るならば、あたかも計算されつくした上での精緻な仕上がりも見せる構成美すら感じられるのだが、それは最初から計算され予定したものというより、
あくまで自由の結果として得たものなのだろう。そこまで読んだ上での自由、Malaby の深さか。
この環境を得て、水を得た魚のごとく、生き生きとしたMonderの存在感が、やけに目につくが、Malabyのイメージする世界観は、このMonderのアシスト
抜きでは考えられないほどのフィット感もあり、彼のスペイシーなギターワークも一歩前に進んだ感もある。
感性面では、共にダークな質感を持つという共通の部分もあり、互いの刺激するポイントも心得ているところもあるのか、その相乗効果で、結果もプラスに
作用しており、理屈抜きに、ダイレクトに脳髄に作用してくる音の起伏ある流れによる刺激は、ことば不要の音世界だ。
音による表現の先に、抽象的なものではあるのだが、どれだけ豊かなイメージを投影できるのか、といったあたりをミュージシャンを計る私的判断基準の
一つとも考えているが、そういう意味では、久しぶりに骨のある一枚との出会いだった。

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JAZZ-sax 78

Category: sax (第2期)  

Ellery Eskelin Trio Willisau Live

 WillisauLive-2.jpg

Ellery Eskelin (ts)
Gary Versace (Hammond B3 organ)
Gerry Hemingway (ds)

Recorded live at the Jazz Festival Willisau, Switzerland August 28, 2015.
hatOLOGY 741 (2016)

1. On (or about) ...
 My Melancholy Baby
 Blue and Sentimental
 East of the Sun
2. We See
3. I Don’t Stand a Ghost of a Chance with You

アバンギャルド、フリーシーンを主戦場として活動をしてきたテナー奏者 Ellery Eskelin ですが、近年コンテンポラリー系のオルガニスト Gary Versace を
加えたトリオでの活動もしており、それはフりー系エリアで活動するオルガン奏者が非常に稀だったこともあり、2011年の初作となる “Trio New York” から
ずっと、その経過観察をしながら追ってきているのだが、スタイルとしては、Eskelin のいつものオリジナル曲をメインとしたフリースタイルではなく、
スタンダードナンバーを題材として4ビート主体でリズムもきっちりとった中でのインプロということで、彼の活動の中でも特別のものと考えているのかも
しれない。
前にも書いたような気もするが、それは、彼の母親がJazzオルガニストだったこともあり、子供の頃から母親のオルガンを通してJazzのスタンダードナンバー
を耳にする機会も度々あったことも想像されるが、おそらくそんな彼の生い立ちも関係しているのではと思われる。
本作は、そんなこのトリオの3作目になるが、dsが Gerald Cleaver からフリーでは、おなじみのベテラン Gerry Hemingway に代わってのスイスにおける
Jazzフェスでのライブとなっており、これまでの2作の自主制作に変わり、Hat Hut Recordsからのメジャーリリースとなっている。

過去2作では、スタンダード中心で、本作もその基本路線に変わりはないのだが、冒頭メドレーの1曲目のみ彼ら3者の共作となっており、これが27分を超える
長尺の本作の目玉とも言っていい内容となっている。
過去2作同様に Eskelin のいつものスタイルとなっているフリーという形はとらず、伝統の匂いも強く感じられるオーソドックスな展開ではあるのだが、
十数分に及ぶ Eskelin のソロは、自由にそして縦横無尽に圧巻のブロウを見せる。 Eskelin の創り出す流れに繊細にフレキシブルに対応する Versace と
Hemingway も好調だ。
Versace のオルガンも音色の選択やら音量のコントロールなどデリカシーに富んだタッチを聴いていると、一昔前のオルガンと言えば、黒っぽい、ブルージー、
ジャージー....................などと決めつけられた見方をされた楽器の時代も、やっと過ぎ、少しは正常な方向に向かいつつあるのかとも思えるのだが、
他楽器同様に変に決めつけた見方をされることもなく、あらゆる方向にその可能性を追える楽器としての地位を確立してもらいたいものである。
オルガン好きとしては、普段は、別世界にいるVersaceが、こうしてフリー系の手練れ2人に挟まれてというシチュエーションは、それだけでも一大関心事と
なるのだが、形としてはオーソドックスながら他プロジェクトでは得られないような何かを感じ取ったであろうことは、間違いない。その何かを今後のオルガン
界にもぜひ生かしてほしいものである。

ここ数年のこのトリオの状況を振り返れば、もしかしたら本作はライブということも関係したかもしれないが、やや Eskelin のワンマン性が増したようにも
感じられるのだが、形としては、3者同格とまではいかなくても、互いの自由で緊密なやりとりとその刺激から、新たな刺激と展開にといった形が出てくれば、
もっと可能性という広がりも見えてくるようにも思えるのだが....................、そういう意味では、このトリオとしての活動も5年程、そろそろけじめをつける
時期にさしかかっているようにも思える。

            

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JAZZ-sax 77
Ellery Eskelin

Category: sax (第2期)  

Toine Thys / Grizzly

 Grizzly-2.jpg

Toine Thys (ts, ss, bcl)
Arno Krijger (Hammond organ)
Antoine Pierre (ds)

Recorded by Max Blesin in Rebecq, April 2014.
IGL260 (IGROO) 2015

01. Don’t Fly L.A.N.S.A.
02. El Cacique
03. Disoriented
04. The Fakir and the Lotus
05. Midnight Sun
06. Afro Electro (Used to be)
07. Grizzly
08. The White Diamond
09. Fitzcarrado
10. Twin Lotus        All songs written by Toine Thys

ベルギーのサックス奏者 Toine Thys(B1972)のリーダー作ながらオランダのオルガニスト Arno Krijger(B1972)参加の最新作という魅力もあって
ゲットの一枚。全て Toine の手による全10曲という内容。

一通り聴いてみて、今回が初となる Toine の印象、まさにアルバムタイトルとなっている Grizzly を思わせる厳ついジャケ写からゴリゴリとハードな音が
飛び出すかとイメージしていたが、素直でクセのないプレイぶりは、意外だった。
感性としては、今の空気感も常に漂わせる典型的コンテンポラリー系と言えるが、先端の方に位置して尖ったものもちらつかせるといったようなタイプで
はなさそうだ。クセがないので口あたりが良く、ライト、マイルドなテイストで聴きやすいと受け取るのか、はたまた物足りないと受け取るのか微妙な位置
にいるsax奏者だ。
はっきり見えてこないので、繰り返したが、やっぱりはっきりしない。そのクセなくライトという部分が弱いと感じる部分もあるし、洗練感につながるセンス
とも受け取れたり..............音楽そのものは、もう少し何かヒネリがあってもと思うぐらいわかりやすいものなのだが、何かわかりにくい、読めない男だった。
こういうのもめずらしい。

そんな印象もあるリーダーで、強い個性あるいはインパクトといった面でちょっと物足りなさも残るのだが、同時に洗練感といったものも感じられ、アルバ
ム全体として見れば、不思議と1つの方向性に統一された、まとまりも感じられるものとなっている。
その辺は、オルガンの Arno Krijger の存在が利いていると思う。
ハデな太刀回りは、ないが随所にセンスを感じるオルガニストだ。Jazzでは少数派のベースラインにフットペダルを多用するため、左手のコードの響きも加
わり個性となっている。
さらに繰り返したが、本作のカラーも、つまるところこの Krijger の存在が大きく作用したとの結論に至った。この編成で Krijger にかかる比重は大きい。
バッキングから Toine が休んでる時間帯と全ての部分に関わるシゴトぶりは、脇役というより主役だ。

               

               "All or Nothing at All" by Toine Thys Trio Live in Paris area / February 2012 
                Toine Thys (soprano sax)
                Arno Krijger (Hammond organ)
                Joost van Schaik (drums)

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Jazz-sax 76
Toine Thys

Category: sax (第2期)  

Jason Robinson / The Two Faces of Janus

  Jason Robinson (ts, ss, a-fl)
  Liberty Ellman (g)
  Drew Gress (b)
  George Schuller (ds)
  Marty Ehrich (as, b-cl - 1, 2, 4, 5, 9)
  Rudresh Mahanthappa (as - 2, 5, 7)

  Recorded on December 11 and 2009 at Acoustic Recording, Brooklyn, NY.
  RUNE311 (Cuneiform) 2010

  01. Return to Pacasmayo
                     02. The Two Faces of Janus
                     03. The Elders
                     04. Huaca De La Luna
                     05. Tides of Consciousness Fading
                     06. Cerberus Relgning
                     07. Persephone
                     08. Paper Tiger
                     09. Huaca Del So
                     10.The Twelfth Labor

Jason Robinsonをリーダーとする基本のギター入りクァルテットに、曲により Marty Ehrich と Rudresh Mahanthappa が入るという本作。
ちょっと前の作だが、ギターの Liberty Ellman の参加も魅力で手を出してみた。

Jason Robinsonは、今回初めてで、何の情報も持っていないのだが、これがなかなか良い。
小細工に走らず、ハードに攻めるだけでなく柔軟な太刀回りもいける感性はなかなかの魅力。テナーだけでなく、他の楽器についても片手間感はなく、
マルチにいけるというのも表現に幅を持たせるという点でプラスに作用してるし、そこに積極性が感じられるのも好感が持てる。
これだけの曲者揃いのメンバーを従えて先頭を切るには、やはり実力者でないととは思っていたが...........納得である。

注目していたEllmanのギターだが、やはり良かった。本作ゲットの甲斐があったというものだ。
独自のもの、はっきりした個性を持っているといったあたりが、よりポイントが高くなるところでもあるのだが、危うい緊張感を振りまくような感性が
魅力だ。張りつめた空気感を引き寄せて場の空気感を独特な世界にするその感性は天性のものなのか。
本作でも3人の管が入れ替わり立ち替わり入る中での、Ellmanの役どころは、重い。

コンテンポラリーからアヴァンギャルド、フリーといったあたりを垣根を超えて行ったり来たりするような感性が、新鮮かつ心地良くもある一枚だ。

JAZZ-sax 75
Jason Robinson

Category: sax (第2期)  

Big Satan / Souls. Savedhear

 BigSatan-2.jpg

Tim Berne (as)
Marc Ducret (g)
Tom Rainey (ds)
Recorded June 9-10 2004
THI 57151.2 (Thirsty Ear)

01. Ce sont les noms des mots
02. Hostility suite
03. Geez
04. Rampe
05. Emportez-moi
06. Deadpan
07. Mr. subliminal
08. Property Shark
09. Plantain surgery

年の初めに、年初の宣言通り、前向きに攻めるためにも、そして正月気分を吹き飛ばすためにも、甘い音は避け、厳しい音を選択してみた。これを聴くのも
数年ぶりか。

Tim Berneを中心とするグループBig Satan名義の本作ですが、彼らのいつものスタイルともなっているベースレス編成。もちろんMarc Ducretの参加も魅
力となっている。
内容は、Berne曲3、Ducret曲3、Rainey曲1、Berne-D. Torn曲1、他1の全9曲。
記事歴のある本作の前年録音となるスタジオライブ盤 "The Sublime and. Sciencefrictionlive / Tim Berne"(別頁あり)からキー・ボードのCraig Taborn
が抜け、ベースレスのトリオ編成というシンプルなものとなっているが、内容としては、前作の流れに沿ったつくりとなっており、前作のライブに対して、
そのスタジオ録音版といった位置ずけと考えてもよいのかもしれない。

トリオになって前作にも増して空間の自由度が高くなった中で、3者の絡みもフリーキーなハイテンションをキープしつつ、その混沌とした流れは、一見、
無秩序のようでもあるのだが、前作同様、自由でありながらも、そこに緻密な計算も存在するかのような高いレベルでのコンビネーションを見せており、
瞬時の以心伝心を可能にする3者の呼吸は、我々常人の理解をはるか超えたところにあるようだ。

Ducretも尋常でないキレを発揮しており、この常に高いレベルでパフォーマンスの質を維持しているDucretの音創りの姿勢には、常々感心するものがある。
リスクを恐れず創ることに攻めの姿勢を維持できることこそ何よりもアーティストに最も必要な資質であろう。
トリオというミニマルな編成ながら、彼らの創り出す音像は分厚くヘヴィーだ。
攻めの2016年とするにふさわしい一枚、ガツンときた。

JAZZ-sax 74
Tim Berne

Category: sax (第2期)  

Jonathan Orland / Small Talk

  Jonathan Orland (as)
  Nelson Veras (g)
  Yoni Zelnik (b)
  Donald Kontomanou (ds)

  PJU016 (Paris Jazz Underground) 2015 自主制作

  01. Day Dream
  02. Look Inside
  03. The Seaman
  04. Reysele
                     05. Booth Kid
                     06. Be There
                     07. Falling Grace
                     08. Halva
                     09. Trio for Joe
                     10.Played Twice
                     11. Adule Games
                     12. For Heaven’s Sake

今回初めてとなるフランスの若手アルトサックス奏者の新作、一度聴いてみたかったブラジル出身のギタリストNelson Verasが参加していたこともあり、
ちょうど良い機会ということで手を出してみた。
バークリー出身で Garzone や Osby らに師事といった経歴もある Orland のアルトは、典型的コンテンポラリー系の感性、第一印象としてクールな面も
あるのだが、それよりはどちらかというと、抑えぎみながらもエモーショナルなブロウで、いろんなものをバランスよく感じさせるタイプといった印象。
それだけに個性派というタイプではなく、わかりやすいプレイは、多少のもの足りなさもといったところ。
どちらかというと、好き嫌いがはっきり分かれてしまうような個性派が好みで、本作にもある程度の尖った作風も期待していた自分としては、ちょっとイメージ
が違ったかなというところもあるのだが、それなりのの実力者であることはまちがいないようである。
年齢的にも場数を踏むごとに、いろんな色を身につけて個性に磨きがかかっていくのだろう。そんなことを十分に感じさせてくれる有望な新鋭アルト奏者との
印象を持った。

さて、これまたお初となる Nelson Veras(B1977) だが、ギターらしいギターを弾くギタリストだ。
ブラジル出身ということで、おそらく生ギターの奏法を基本にきっちり叩き込んできたのだろう。ピックを使っていないと思われる五指をフルに使って弾き
だされるギターは、高速フレーズも難なくこなしてしまうスピード感、シャープさとともに、そんな中でもラフにならずに細部まで神経のゆきとどいた繊細な
ものも感じさせる。かなりのハイレベルを感じる技術面だが、感性面でも、ブラジルルーツのプリミティブな部分をわずかに残しつつ現代Jazzのモダンな
ところまで広くカバーする感性には、確かな独自性も備わっているとの印象も持つ。
感性、技術面ともに申し分ないものを感じさせる Veras だが、聴き手としては、後は自分の求める音世界と彼の創り出す音世界との相性、好みといったところ
なのだろう。
今回、初めて聴いた Nelson Veras だが、高い能力持ったギタリストとは感じつつ、私的には自分の求める質とは若干のズレがあることも感じ取った。
ビックを使わないと思われる奏法から、繊細な反面、ここ一番で欲しい強いアタック感に若干の不満も残ったが、いずれにしても本参加作1枚のみで、判断
できるほど簡単なギタリストとも思えず、ちょっと本作とは経路の違った他作も聴いてみたい。

             

JAZZ-sax 73
Jonathan Orland

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